絆ワークスタイル Vol.11
郷土愛が育む「相互扶助」のものづくり

地蔵院の門前町として、北国街道と北国脇往還が交わる宿場町として栄えた木之本。その旧街道沿いに、当時の伝統を守り貫き大切にしながらも、現代のニーズに合わせ新しいものづくりに挑戦する老舗のお醤油屋さんがあります。そのものづくりの原動力とは?―― 今回の絆ワークスタイルは、長浜市木之本町にあるダイコウ醤油の六代目当主、大杉憲輔さんにお話しをお伺いしました。

脈々と受け継がれる「しょいや」の伝統。

―― まずは、お店についてお伺いしたいと思います。ご創業はいつですか?

大杉さん:嘉永5年。西暦だと1852年になります。時代は江戸末期でペリーが来航した前の年です。

高校を卒業した後、醤油づくりの道に進んだという大杉さん。それから早20年の歳月が経つという。

―― ということは今から170年くらい前ですね。店構えからしてもそうですけど、空気に歴史の重みを感じます……。現在は何代目になられるんですか?

大杉さん:私で六代目です。兵庫県の同業のお醤油さんで二年ほど勉強した後にここを継ぎました。

店頭に並ぶ商品。醤油だけでも8種類もの製品に分かれる。だし醤油や、ぽん酢、お菓子などその他の関連商品入れると商品の数は多い。

―― 木之本にはお醤油さんや造り酒屋が多いっていうイメージがあります。そういったお商売が発展した理由は何でしょう?

大杉さん:酒づくりも醤油づくりも一緒ですが、第一に良い水があるということ。うちにも井戸がありますが、生活用水もふくめて井戸から水を汲みだしています。そこは昔から全く変わらないですね。

もう一つ重要なのは気候です。ここ木之本はご存知のとおり冬の寒さは厳しいです。涼しい気候のほうがお醤油やお酒のもととなる麹造りに適しています。あとは、敦賀港に近いので原材料を船でここまで運びやすかったことだと思います。ここは北国街道沿いの宿場町として栄えましたから。

仕込みのピークは1月から2月にかけて。それが終わると発酵、絞り、火入れと続く。実際に製品になって店頭に並ぶのは仕込みから2、3年後。(写真提供:大杉さん)

―― なるほど。自然に加え、地理的や歴史的なことも背景にあったと。

大杉さん:はい。でも今はお店の数もだいぶん減りました。この辺の方言で、醤油屋のことを「しょいや」と言うんですけど、昔は「しょいや」も造り酒屋さんももっとたくさんあったんです。あと、お酢屋さんもありましたね。

―― 当時から比べると街の風景もずいぶん変わりましたか?

大杉さん:今ではお店がポツポツある感じになってしまいました。でも、うちのお店自体は当時の姿とあんまり変わっていません。こちらの写真ですが(下記写真)、奥に見える電柱の右側の建物一軒分がうちのお店です。まだ道の真ん中に小さな川があって荷車が走っていた頃です。この当時は醤油屋だけでなく薬屋もやっていたんですよ。薬屋をやっていた方が戦死された後は、醤油屋一本で営業するようになりましたが。

大正12年当時の店舗。意富布良神社の「子供おこない奉塔」にて。中央付近に見える看板は半分が薬屋もう半分が醤油屋のもの。(写真提供:大杉さん)

―― お醤油とお薬ですか?珍しいですね!

大杉さん:この辺は本当に色んな商売がありましから、その一つだったんだと思います。あと、こちらの写真(以下写真)ですが、中央に立っているこの一番小さい子供が僕の祖父で四代目になります。三男坊なんですけど上二人が戦死されたので、一番下の祖父が継ぎました。

大正14年、新工場完成の火入れ式にて。中央の一番小さい子供が四代目。大杉さんの祖父にあたる。(写真提供:大杉さん)

―― こんな風に働かれてたんですね!当時は従業員もたくさんおられたんですか?

大杉さん:住み込みの番頭さんや使用人の方がおられたみたいです。造り酒屋も醤油屋も一緒ですが、昔は全て人力。ポンプや車がなかったので、バケツリレーみたいな感じで物を運んでいました。なので、今より人が必要だったようです。

今は、自動化してきたので人手がそこまで必要ではなくなりました。現在は、仕込み時期だけに毎年数名の方にお手伝いに来ていただく感じです。皆さんこの辺で専業農家されているんですが、冬場は仕事が少ないのでこの時期だけ来ていただいています。

時代に合った商品づくり、顧客づくり。

―― 商品づくりについてお伺いします。店頭でも見せていただいたんですが、お醤油をはじめ様々な商品を販売されています。こうしたバラエティ豊かな商品展開をされるようになったのはいつ頃からですか?

大杉さん:私がここを継いでからです。昔ほど醤油の消費量がなくなったので、醤油一本ではなかなか難しい。そのため、製品の間口を広げることと、醤油にもっと親しんでもらいたいという思いで始めました。あとは、最近はこの辺にも観光客の方がたくさん来られますので、お土産として気軽に買って頂けるような商品づくりをしています。

おせんべいをはじめ醤油を使った商品がセンス良く並べられている店内。奥に見えるのは実際使われていた醤油桶。

―― 店頭以外ではどういったところで商品を販売されていますか?

大杉さん:道の駅とかスーパー、東京のアンテナショップなどで、醤油を含め色んな商品を置いていただいています。今は、少しづつですが県外でもファンが増えてきている感じです。『アンテナショップで買っておいしかったので送ってほしい』というように、全国からご注文いただくこともあります。

―― 海外からも連絡が来たとお伺いしましたけど…。

大杉さん:はい。アメリカの方なんですけど、うちの醤油を気に入っていただいたみたいでご連絡をいただきました。どうやってうちの商品を手に入れたのか聞いたんですが、彼自身は日本へは来たことないらしいんです。彼の友人が来日した時に買ってくれたみたいで、それを彼がお土産としてもらったという事でした。

―― こちらのお醤油を選ばれた理由が気になりますよね。味なのか、パッケージなのか…。

大杉さん:そうですね。最近は、外国の方も時々お店に来られますね。冨田酒造さんに来られて、ついでに寄っていただくみたいな感じですけど。

―― じゃ、お友達もお酒を買うついでにここに来られたのかもしれませんね。

地域の絆で生まれる人気商品。

―― 特に地域とのつながりや連携から生まれた商品はありますか?

大杉さん:お地蔵さん(木之本地蔵院)の前にかどやさん(菓子乃蔵角屋)という和菓子屋さんがあるんですが、そこで「醤油プリン」という商品を販売されています。そのプリンに使われている醤油はそこの社長と私が一緒に開発したものなんです。あとは、こちらも和菓子屋さんなんですが、木之本に本店があるろくべえさん(菓匠禄兵衛)でもうちの醤油を使ったみたらし団子を販売していただいています。

プリンに合うように開発された「スイーツ醤油」。醤油単体でも販売されている。醤油というよりカラメルに近く、プリンだけでなくアイスクリームや葛切りなどとも相性が良い。(写真提供:菓子乃蔵角屋)

―― 『ダイコウ醤油を使っています』というふれ込みで?

大杉さん:はい。そうです。

―― コラボ商品っていかにもおいしそうですよね。こだわりブランドの和菓子とお醤油が同時に楽しめる……。つい買ってみたくなります。どういうところから商品のアイディアが生まれるんですか?

大杉さん:なるべくお客さんや他の人の声を取り入れるようにしています。例えば、ゆずポン酢を作って売っているんですが、ある日仕込みに来ていただいている方が『それ使ったせんべいつくりぃや』っておっしゃって。もともと醤油せんべいはあったんですが、その方にそう言われてつくったのが「ゆずぽんずせんべい」という商品です。

手前に見えるのが「ゆずぼんずせんべい」右奥に並んでいる瓶が、新商品の「こいくち醤油」と「白だし醤油」。

―― パッケージもかわいいですよね。

大杉さん:パッケージデザインは市内のデザイナーさんにお願いしています。あと、好きなお酒とお醤油を箱に入れてお土産として買ってもらうようなものもあります。この赤い箱に冨田さんとこで選んだお酒とうちの醤油を入れると醤油と酒のセットになるという。これはどちらかというと、木之本をPRするアイテムですね。

引き出物用に作ったという箱。箱の表面にはお店の名前を載せるのではなく、木之本の地名と位置を記すようにして、地域全体をPR。

―― これ、お土産にいいですね!小瓶なので重くないし、箱の大きさもちょうど良い。

大杉さん:もともとはこれ、友人の結婚式の引き出物用に作った箱なんです。その友人とは冨田さんと僕の同級生なんですけど、引き出物に冨田さんのお酒とうちのお醤油を使うことになったんです。で、『それやったら一緒に入れる箱をつくってしまおう』ってことで。でも実は、後で使うことを考えて作ったんです(笑)。今では人気商品になりました。

―― 狙い通りですね(笑)。お話をお伺いしていると、お客さんや近所の方をはじめ、この地域でご商売されている方との距離が本当に近い印象があります。

大杉さん:この地域で家を継いでいる者には、同級生が多いんです。先ほどから名前がでている冨田酒造さん、和菓子の禄兵衛さん、そして三味線糸を製造している丸三ハシモトさん。あとは、学年は違いますが、スイーツ醤油を一緒に開発した角屋さんや「サラダパン」で有名なつるやパンさん。みんな幼馴染なんです。

―― それは素敵ですね。後継者不足が問題と言われていますが、ここには人材が豊富におられる。しかも、皆さんそれぞれご活躍されながら、お互い連携して様々なことに取り組まれているという。理想的ですよね。でも、距離が近すぎると喧嘩しないですか?

大杉さん:はい。まあ、時々は……(笑)。くせのあるもんばっかりなんで……(笑)。

今と昔そして未来をつなぐ。

―― 連携という意味では、そういった方たちと一緒に地域のイベントなんかにも積極的に取り組まれているとお聞きしたんですが、知った者同士なのでやりやすいという面はありますか?

大杉さん:あると思います。同級生に関わらず昔から知った顔の人たちばかりなので。この地域は昔ながらの商店街ってこともあり色んなイベントがあります。例えば、毎年11月に「街道祭り」というお祭りがあるんですが、ここ数年、藤田電機工業という地元の電気屋さんと一緒に屋台出して、うちの醤油をつかった焼きおにぎりや豚汁、おせんべいなんかを売っています。

「街道まつり」にて地元の電気屋さんと一緒に屋台販売を行う。「プレミアム豚汁」「プレミアム焼きおにぎり」と名打った商品は毎年大人気。(写真提供:大杉さん)

―― 電気屋さんと一緒にですか? 

大杉さん:はい。業種は違いますけど、この地域で一緒に商売している仲なので。うちも長い間ここで商売させてもらってますし、地元の皆さんあってこその商売なので、そういった関わりをつくっていくという意味でこういったイベントには積極的に顔ださせていただいています。

あとは、夕涼み横丁というお祭りを、これも町内の事業者の若手で集まって毎年夏やっています。もともとは商工会の事業で始まったお祭りで一時はやめる話もあったんですけど、今でも頑張って自分たちで続けています。

夕涼み横丁での一コマ。毎年8月上旬に木之本・意冨布良神社にて開催。様々な露店のほか、盆踊り大会やステージイベントなどが行われている。(写真提供:長浜市)

―― 続けられようと思った理由は?

大杉さん:僕らが小さい頃は盆踊りとか地元の楽しいお祭りがもっといっぱいあったんです。なので、子供にも僕たちと同じような思い出をつくってあげたいという気持ちですね。この地域の人がお祭り好きっていうのもあるとは思うんですけど(笑)。

―― 素敵ですね。次の世代に思い出をつないで行けるっていうのは……。お仕事も含めてですが、そんなお父さんの姿を見てお子さんも将来はお醤油屋さんを継ぎたいと言われませんか?

大杉さん:今のところ、特には。僕なんかは『継がんでいい』って言われて育ってきたんで、全く強制するつもりはないです。まあ、でも上の子が女の子なんですけど継ぐ気満々で、フランスに支店を作ってくれるらしいんです(笑)。

―― それは頼もしいですね(笑)。

“故きを温ね新しきを知る”。

―― 木之本はとにかく歴史の古い街というイメージなんですが、その一方で、新しくお商売されたり移住されたりする方も増えてきたと聞きました。

大杉さん:ここ数年でも、長浜市内のほうや県外から来られて、新しいお店を開かれている方がたくさんおられます。そのうちのお蕎麦屋さんやお食事屋さんでも、うちのお醤油を使って頂いているんです。あとは、陶芸作家の方や、本屋さんなど空き店舗を利用してお店を開かれています。

―― 古い町だから必ずしも閉鎖的というわけではなく、外からのもの新しいものも受け入れる、そういったオープンな土地柄なんですね。

大杉さん:そうですね。木之本は新しいものや人に対してウェルカムな雰囲気はありますね。

2018年2月に開催された「きのもとほんもの展」から。写真を通じて木之本の魅力を発信することを目的にした企画展。こういった町ぐるみの新しいスタイルのイベントが頻繁に行われている。(写真提供:長浜市)

―― 取り組まれている商品開発でもそうですが、伝統を守りながらも新しいものをどんどん取り入れる。だからこそ、今の木之本があるという気がしますね……。それと、今まで色んなところを取材してきたのですが、この狭い範囲の中で様々なことが生み出されているところは珍しいなと。行く先々で日常の会話がありますよね、きっと。

大杉さん:昔は特にそうでした。お客さんのところへ配達行くのでも、玄関から届けるのではなく裏口から直接入って商品を置いていくという、そういう商売でした。お米も醤油も味噌も漬物も、切らさないようお客さんのところへ持って行ってたんですね。だけど、僕がここを継いだ後から生活のスタイルが変わってきました。今はスーパーで買うっていうのが当たり前になりましたから。

『醤油屋って昔はお客さんのとこ届けるのに玄関から入ったらダメなんですよ。漬物小屋に入って補充していく感じ』昔はそうして人々の生活の備蓄を担っていたという。

―― 木之本に限らず、昔は今と比べると不便だけど、人とのコミュニケーションがあった。おっしゃるように、今は何も話さなくてもお店行ったらなんでも揃いますからね……。最後になりましたが、ご事業に対する将来のビジョンをお聞かせください。

大杉さん:創業より170年近く、特に地元のお客さんに支えられてこの地で商売をさせていただいています。この先もこれまで同じように、大切な物は守りながら時代の変化に対応していき、お客さんに本当に喜ばれる商品づくりを心がけて50年、100年と繋いでいけるような事業にしていきたいと思っています。

―― フランスに支店を作るというお子さんのためにも……ですね(笑)。仕込み時期のお忙しいところ貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

大杉さん:ありがとうございました。

取材後記

次の世代から次の世代へと。
個人的には何度も訪れたことのある木之本。訪ねるたびにいつも印象に残るのは、雪国の静けさを持ちながら躍動的な空気感、そして過去と現在の時間軸が交差しているような不思議な感覚。今回お話しを伺うことで、ようやくその秘密が解けたような気がします。先人から続く、地域の中で地域と共に生きる、という精神。それは次の世代から次の世代へとしっかりと受け継がれている。私なりの解釈ですが、そんなことを思いました。