絆ワークスタイル Vol.10
「偶然と必然」が生み出す里山のしごととくらし

都会での生活から一転、高島の豊かな自然とともに暮らす一組のご夫婦。移住の地でできた人と人とのつながりから、どんなストーリーが生まれているのか――。 今回は、薪ストーブの輸入販売や宿泊施設の運営をはじめ、イベントやワークショップを通して高島の自然環境や自立した暮らしについて積極的な提言を行っておられる、薪来歩(まきらいふ)の池田さんを取材しました。

大阪から高島-あたらしい土地へ。

―― ご出身は大阪とお聞きしました。まずは、高島に来られた経緯をお聞かせいただけますか?

池田さん:結婚する前の話ですが、長野に自給自足の暮らしを実践する人たちが集まる村があるんですけど、そこに妻が通ってたんです。からだや暮らしのことについて勉強するために。僕もその村のことを彼女から聞いていて、30歳になる前に何か新しいことをしたかったので、『一緒に連れて行って』ってお願いして(長野の村へ)行ったんですね。その頃、大阪でバーテンダーしてたんですけど。

29歳までバーテンダーをしていた池田さん。長野を訪れる前は、食事を提供する仕事なのに、食べ物について真剣に考えたことがなかったと言う。

―― それはすごい変化ですね!バーテンダーから自給自足の生活ですか?

池田さん:はい。大阪の中心のおしゃれな店で(笑)。でも、その村の人たちと話したことで、暮らしのもっと根本的なことを学びたいと思うようになったんです。ちょうど、妻も、沖縄の音楽や筆文字などのアーティスト活動をやっている関係からアトリエが欲しいと言っていたので、どこかそういった場所を探そうということになりました。それで、僕の祖父が高島にたまたま土地をもっていたっていうのを思い出して、確認してみたら土地だけ残っていることがわかって。それで、ここに見に来たんです。

―― なるほど。お祖父様からのご縁があって、こちらに来られたんですね。

池田さん:ええ。でも、40年間もほったらかしだったので荒れ放題だったんです。なので、最初は“秘密基地”的な感じで、畑でもできればくらいの感覚だったんですけど、せっかくなら寝泊りできる小さな家を建てたいということになって。それで、最初に建てたのが、奥に見える家なんです。

ゲストハウスを自分たちの手で建てるまで。

―― 最終的に移住されたのはいつ頃ですか?

池田さん:2010年頃です。それから、少しずつ家も増築していきました。この地域の自然や生活を都会の友達にも体験してもらえるようなイベントをしていたので、せっかくなら泊って行ってもらおうってことで建てたのが2軒目の家(1軒目の手前)なんですね。

右奥に見えるのが1軒目、そしてそれに接続するような形で2軒目(写真中央)が建つ。2軒目は現在、薪ストーブのショールームとなっている。

―― 全部で、何軒ですか?

池田さん:ここ(今インタビューしている建物。3軒中一番大きくゲストハウスとして利用)を入れて全部で3軒です。ここに来るまでは、大工仕事なんてしたことなかったんですけど、独学とこの地域でセルフビルドされてる知り合いに習ったりしながら、1軒目、2軒目を建ててきて、ある程度技術がわかってきたので……。
*セルフビルド:文字通り「自分で自分の家を建てる」こと。大事な部分はプロに任せて、自分たちでできるところは自分たちでつくる場合はハーフビルドとも呼ばれる。

3軒目の古民家を移築したゲストハウス。内部はもともとの面影を残すが、外観はこの地域の街並みに合うようあえて現代風にしたという。

―― この建物(3軒目)を建てられたという?

池田さん:はい。高島市の補助金制度を利用させていただいて、宿泊施設としてこの建物を建てることになりました。そこで、せっかくだからその工程をセルフビルドに興味ある人たちが学べる機会にしたいなと思い、「セルフビルド塾」として参加者を募集しました。その時、たまたま知り合いの大工さんが、長浜で古民家を解体されると聞いたので、長浜まで家を見に行って、その場で『この家ください』ってお願いしたんです(笑)。

セルフビルド塾の風景。最終的には25名ほどが参加して、ゲストハウスを完成させた。(写真提供:池田さん)

―― その場で?でも、梁もすごく立派ですものね。これだけの建物を移築するのは大変だったでしょう?

池田さん:そうですね。長浜から一ヶ月間ほぼ毎日、解体した材料をこちらへ運びました。大工さんには棟上げとか重要な部分だけ手伝ってもらい、残りは参加者みんなで仕上げました。大事な部分だけプロと一緒に作業させてもらえば、あとは全部自分たちでもできるっていうことを伝えたかったので。

ゲストハウス2階のキッチンエリア。剥き出しの梁には、古民家が最初に建てられた昭和30年という日付が刻まれている。

―― みんなで建てられたので思い入れもひとしおですね。古いものと新しいものがうまく調和していて、すごく居心地の良い空間です。現在どういった方がここを利用されるんですか?

池田さん:昨年の春オープンしたばかりで(2017年4月)、まだこれからなんですが、基本的には僕たちのイベントに遠方から参加していただいた方を中心に、イベント参加とセットという形でご利用いただいています。

“たまたま”が導いた薪ストーブ事業。

―― 現在、メインとして取り組まれている薪ストーブ事業ですが、どういった経緯で始められたのかお聞かせください。

池田さん:一軒目の家にいたとき安物のストーブをつけていたんですが、安物なので徐々に煙が漏れてくるようになったんです。そこから、薪ストーブについて勉強し始めました。その時に出会った方たちの中に、たまたま鍛冶屋さんと自然エネルギーを取り入れたちょっと変わった設備屋さんがおられたので、一緒に作って売っていこうってなったんです。ある程度売れてはいたんですが、手作りっていうとやはり信頼性に欠けるとこもあって……。

海外の一流薪ストーブメーカーは燃焼試験を何百回もした上で、何十年も持つという保証があっての価格と品質になります。僕たちの薪ストーブは価格を抑えたいという面はありますが、燃焼試験をする予算も無く、その結果、品質面で問題がうまれるケースが何件か発生しました。そんな時、たまたま出会った方がデンマークの薪ストーブを日本で販売したいという方で、全く売れないので悩んでおられたんです。

現在は、薪ストーブ輸入販売から設置、薪の販売まで広くサービスを展開する。『どんな条件の住宅でも大抵の場合、設置できます』(写真提供:池田さん)

―― “たまたま”、っていうフレーズまた出てきましたね(笑)。

池田さん:はい(笑)。でも、本当に“たまたま”出会って……。当時、薪ストーブをある程度売っていたこともあって、『それなら僕が代わりに売りましょう』ってことになったんです。でも、自分でも直接輸入したいと思っていた矢先に、これも“たまたま”なんですけど、中学校の同窓会がありました。その時、先に到着した者同士話したのが“たまたま”デンマークに移住していた方で。

―― また、デンマーク!ちょうど一時帰国されていた?

池田さん:はい。その時“たまたま”帰国してたんです。それで彼女に『デンマークの薪ストーブ取り寄せたいんだけど』って言ったら、早速デンマークの会社に連絡してくれて。そういった経緯があって、デンマーク製の薪ストーブの輸入販売を始めました。

―― 偶然に偶然が重なってという感じですね。でも、“たまたま”というより、ご自身にそういったご縁を引き寄せる力がおありなんでしょうね。

本場デンマークから、日本では流通していないメーカーの製品ものも販売。大きさと熱の出力など、日本の家に合うサイズのものを中心に多数取りそろえる。(写真提供:池田さん)

イベントを通して自然環境を考える。

―― 薪ストーブに関連して、薪をテーマにしたイベントを開催されているとお聞きしたんですが。

池田さん:さっきの話に戻りますが、長野の人たちから教わった内容に「人の体は食べ物で成り立っている」ということと、「ライフラインが途切れても自立した暮らしができる」という二つのテーマがありました。薪ストーブを使いだしたのもそういう理由です。料理も暖房も薪でとれる。食とエネルギーって実はつながっているんですよ。

給湯式薪ボイラー。子ども達に使い方を教える。このボイラーが家の全ての配管につながっている。(写真提供:池田さん)

その後すぐ、東日本大震災が発生して、僕もボランティアとして支援活動に参加したんですけど、その時、自分たちの暮らしは間違ってなかったことを再認識したんです。自分たちの暮らしをもっと発信したいと思っていた時に、たまたまこの地域で食やエネルギーの自給自足をテーマに活動されている団体(FEC自給圏ネットワーク)と出会ったんです。早速、僕らもそのグループに所属するようになったんですが、その繋がりもあって始めたのが「薪人の祭り」という間伐材の薪を広めるイベントだったんです。

―― 間伐材の薪を使用することが、自然環境に直接どう関係するのでしょう?

池田さん:日本の国土は7割が山なんです。しかし、近年、材木が売れなくなってしまったので山に入ってお金に変えようという人が少なくなってしまった。人工林として植えられた杉や檜などの針葉樹も管理されないまま放置されているところも多いです。木が密集してしまうことで木に元気がなくなり、そして、山も元気がなくなってしまう。琵琶湖の環境を守るためには、本来、その水源である山や木を大切にしなくてはいけないんです。

そうした山や林を手入れするなかで発生するのが間伐材なんですが、それを活用してもらうために始めたのがこのイベントなんです。通常、薪ストーブに針葉樹の薪は向かないと言われていますが、使い方を工夫すれば使えないわけではない。実際、デンマークでは広葉樹と針葉樹を半々で使っています。

積み上げられた薪。里山の自然環境を守るためには、余分な木を間引く必要があり、その間引いた木が「間伐材」と呼ばれる材木となる。

―― イベントを通して、間伐材の利用と薪ストーブの普及、両方をアピールされているという?

池田さん:はい。ただ、『針葉樹は薪として使えますよ』と言っても、今まで使ったことのない人にはなかなか伝わりにくい。なので、実際に薪ストーブで針葉樹を燃やしたりして体験してもらうことで伝えるようにしています。

「薪人の祭り」では、実際に薪ストーブを見たり体験できる。写真はイベントへの出店者。薪ストーブの上でポトフを温めて販売。(写真提供:池田さん)
「薪人の祭」実行委員長の挨拶の次に沖縄音楽演奏の準備中。当初は薪を売るためのイベントだったが、近年は食や自然エネルギー全般がテーマの中心となっている。(写真提供:池田さん)

あたらしいコミュニティーの形成。

―― イベントへの参加者は主に都会からの方が中心とのことですが、地域住民の方々との関わりはいかがですか?

池田さん:引っ越した当時は誰も友人がいなくて、太陽が沈むとお風呂入って寝るだけっていう生活だったんです(笑)。でも、妻が音楽活動をしていることもあって移住者を含め地域の人と関わりができました。

―― 高島には移住者の方が多いんですか?

池田さん:多いと思います。市の人口は減り続けていて、お年寄りの数は多いけど若い世代は少ない。でも、移住者が多いこともあって、僕たち世代は逆に増えていると思いますね。

―― 高島の魅力ってずばり何ですか?

池田さん:都会からアクセスが良いっていうのが一番。実は、今朝も大阪の実家から帰ってきたばっかりなんです。何かあっても飛んで帰れるっていうのはすごく魅力。大阪駅から電車一本で来れるので都会からも人を呼びやすいです。

玄米餅つき大会にて。その他にも、野草の料理教室、田植えや稲刈りなど、様々なイベントを一年を通して開催。(写真提供:池田さん)

地元の人は『ここは不便だ』って言うんですけど、僕たちみたいな自営業であれば、すごく住みやすい。雪がたくさん降ったら仕事を休みますし、夏休みや冬休みも自由にとれる。好きな時に休む、行きたいときに行きたいところに行く。仕事をしながら、徹底的に自分のこだわりを追求することができる。そんな、自分らしい生活をするのにぴったりなんです。

―― そういった暮らしを求める人にとっては、ここ高島は住みやすい雰囲気があるんでしょうか?

池田さん:そう思います。市としても移住促進に力を入れておられます。僕たち自身もこっちに移住したい人がいれば相談に乗っています。地域の人からの情報で直接物件を紹介することもありますよ。僕たちなら、住んで良かったことも苦労したことも、次に来る人にアドバイスできますし。

市と共同で移住促進に向けた様々なイベントを開催。写真は、「薪ストーブ料理&薪割り体験イベント」から(写真提供:池田さん)

地域の絆でつくる色んな暮らしのかたち。

―― すでに移住している人たちが後に続く人を助ける、そんな構図があるんですね。実際、体験した人の声が一番信頼できるって言いますしね。ただ、田舎へ移住するときの最大のネックは家や仕事を見つけることって良く言われますけど……。

池田さん:僕が伝えたいのは、家を建てるにしても業者に全部任せるのではなく自分でできる範囲は自分でする。お金をかけずに住む家を建てたり、直したり。そして、新しい仕事を自分で生み出す。実は、今やってること全部、ここ来るまでやったことないものばかりなんです。

薪ストーブ販売、民宿の運営だけでなく、現在は、建築・改装、イベント企画運営、木こりの仕事まで!『今では大木を伐れるまでになりました』(写真提供:池田さん)

『田舎には仕事がない』って言いますよね。でもそれって逆にチャンスだと思うんです。みんながやってないことの方が仕事にしやすい。一つの仕事で生活を支えるのは難しいかもしれないけど、二つ、三つの仕事を合わせれば、ある程度の生活を送れる。自分なりに色んな仕事をやっていけば上手く成り立っていくと思います。ただ、そのためには、人と人とのネットワークがすごく大切。人のつながりから仕事が生み出されると思うので。

―― 複数の仕事を掛け持ちして生計を立てるというのは、高島のような土地で新しい仕事を始める人にとって大きなヒントですね。最後になりましたが、これからのビジョンをお聞かせください。

池田さん:まずは、この地域に貢献する仕事を作りだすこと。そして、環境保全の活動にも力を入れたいです。高島には大きなチェーン店がないので景観もよいし、山や琵琶湖の自然があります。その素晴らしい自然を守っていけるような、新しいことをどんどん生み出せるような、そんな事業につなげていきたいと思っています。

―― 今日はお忙しいところ、貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

池田さん:ありがとうございました。

取材後記

実はすべてつながっている。
池田さんとお会いして印象的だったのは、その気取らない、飾らない、自然体なお人柄でした。話のなかで幾度となく出てきた“たまたま”というフレーズ。「偶然」だというエピソードの連続でしたが、ご自身のお人柄が招く「必然」な縁あってこその「偶然」だと、そう感じました。手掛けられている様々なお仕事も一見関係はないようで、実は全てつながっている。そのぐるぐると循環しているコトやモノ、ヒトの中心には池田さんの揺るぎない信念がある―そう感じた取材でした。