絆ワークスタイル Vol.9
麻が織りなすヒト・モノ・マチの今と未来

滋賀県愛荘町は昔から麻織物産業が盛んであった地で、国の伝統工芸品としても名高い「近江上布」の故郷として知られています。ものづくりの伝統を学び広く発信するために、またこの地域の上質な麻生地を使った製品の開発・製作を行うために、遠く埼玉から滋賀へ移住された女性がいます。今回の絆ワークスタイルは愛荘町で活躍する「つきのわ」の石井利枝さんにお話を伺いました。

「近江上布」のふるさとへ

見上げた空が高く、山々が本格的な秋を前にその色をわずかに変え始めた、そんなある日。私たちは、近江上布の産地として知られる、滋賀県愛荘町を訪れました。近江上布とは、この地域一帯で古くから生産されてきた上質な麻織物のことです。

近江上布伝統の織り機(高機)。近江上布伝統産業会館にて。
近江上布伝統の織り機(高機)。近江上布伝統産業会館にて。

今回私たちが訪ねるのは、今年の春(平成28年度)からここ愛荘町に「麻の応援団」地域おこし協力隊として赴任されている石井利枝さん。近江上布の伝統を学び麻織物の魅力を新たな角度から開発、発信するというのが石井さんの任務です。

加えて、石井さんのライフワークは今回詳しくお話を伺う生理用布ナプキンの製作と販売。3年前から布ナプキンのブランドである「つきのわ」を運営されています。

「つきのわ」の名の由来は女性の生理が月の満ち欠けにリンクしていることから。ブランドのキャッチフレーズは「生理を楽しむ」。
「つきのわ」の名の由来は女性の生理が月の満ち欠けにリンクしていることから。ブランドのキャッチフレーズは「生理を楽しむ」。

布ナプキンとはどんなものなのか?それを製作するようになった経緯とは?ここ滋賀へ移住された理由は?

その答えを見つけるため、早速お話を伺うことにしました。

女性の「嫌なもの」を「愛おしいもの」へと

まずは布ナプキンを作ることになったきっかけをお聞きします。

「私自身がもともとアトピー体質で、化学製品の物を身につけると痒くなってしまうということもあって、10年程前から自然素材を使ったものづくりを行ってきました。」

故郷である埼玉や住居を構えたこともある長野で、オーガニックコットンを使った布製品作りを行っていたという石井さん。しかしある時、ひとつの考えが頭をもたげたと言います。

ずらりと並べられた製品を前に。愛荘町の地域おこし協力隊の募集を見たときに「運命だと思った」と石井さん。
ずらりと並べられた製品を前に。愛荘町の地域おこし協力隊の募集を見たときに「運命だと思った」と石井さん。

「ナプキンは女性の大切な部分にあてがうもの。もっと身体に優しいものが作れないだろうか?」

そこから始まった布ナプキン作り。試行錯誤を重ね、3年前に「つきのわ」という布ナプキンのブランドを立ち上げられるに至ります。

「つきのわ」の定番商品であるオーガニックコットンを使ったナプキン。(写真提供:石井さん)
「つきのわ」の定番商品であるオーガニックコットンを使ったナプキン。(写真提供:石井さん)

生活様式や環境の変化が、敏感肌やアトピー性皮膚炎の増加の原因になっているとも言われる昨今。身体に取り入れるものや身につけるものに気を使う人も多くなってきたことから、徐々に石井さんの作る布ナプキンのファンも増えました。販路も拡大し、現在は全国の自然食品店や雑貨店などを中心に10店舗で販売されています。

布ナプキンを実際に見せて頂きました。オーガニックコットンだけで作られたものもあれば、コットンと麻が片面ずつ使われたもの、ホルダーにパッドを装着して使用するものなど。デザインも様々で見ているだけで楽しくなります。

一人の女性が生涯に使う紙ナプキンの数は12,000個とも。繰り返し使える布ナプキンは環境のためにも良いと石井さん。
一人の女性が生涯に使う紙ナプキンの数は12,000個とも。繰り返し使える布ナプキンは環境のためにも良いと石井さん。

ただ、布というだけあって漏れたり、洗ったりするのが面倒というイメージもありますが…。

「少しの手間はあっても市販の紙ナプキンにはない優しい使い心地を気に入る方が多いです。中には市販の紙ナプキンにはもう戻れない、とおっしゃる方もおられます。また、経血を洗うことで自分の身体の状態を知ることもできます。布ナプキンを使うことで、毎月ある「嫌なもの」を、「自分を愛おしむもの」「素敵なもの」と感じてもらえればと思います。」

日本の伝統とものづくりに魅せられて

温かい雰囲気をまといながらも凛とした力強い印象の石井さん。そんな石井さんの製品に対する真摯な姿勢、そして尽きない探求心が次の出会いを生むことになります。

最初はオーガニックコットンを使用したナプキン作りが中心でしたが、「より良いものを作りたい」という思いから布について調べるうちに、古来、日本人の生活に深く馴染んできたのは麻であったことを知ります。

近江上布には欠かせない大麻(おおあさ)の茎の靭皮を乾燥させたもの。主に栃木県で栽培されている。
近江上布には欠かせない大麻(おおあさ)の茎の靭皮を乾燥させたもの。主に栃木県で栽培されている。

また、麻の特性である速乾性や消臭性が布ナプキンの素材に好ましかったこともあり、麻を使った製品作りに取り組むことにした石井さん。新たな挑戦の始まりでした。

質の良い素材を求めて、タイやインドなど麻織物の生産が盛んな国へも渡りました。しかし、いくら探しても「これだ」と思えるものには出会えませんでした。製品に対し非常に厳しい基準を持ったオーガニック商品販売会社で働いた経験もあり、一見質の良いものであっても材料や製造工程を確認する術がないことが強く心に引っかかったと言います。

「材料がどこから来て、どうやって作られているか、出所がしっかりと分かる素材でものづくりがしたいと思いました。」

そうした経緯を経て石井さんが目を向けたのが、日本製の麻織物。日本人のものづくりへのこだわりでした。良質で名高い近江上布を知ったのもこの時。

近江上布には柄の入った絣と無地の生平(きびら)の二種類がある。写真は生平で、大麻の手績み(手で作った糸)を使用している。(写真提供:近江上布伝統産業会館)
近江上布には柄の入った絣と無地の生平(きびら)の二種類がある。写真は生平で、大麻の手績み(手で作った糸)を使用している。(写真提供:近江上布伝統産業会館)
こちらは絣。伝統的な染色技法を使い織り上げているのが特徴。(写真提供:近江上布伝統産業会館)
こちらは絣。伝統的な染色技法を使い織り上げているのが特徴。(写真提供:近江上布伝統産業会館)

滋賀県の愛荘町は室町時代から麻織物が盛んであったところ。鎌倉時代に移り住んだ京都の職人が技術を伝えたと言われています。

また、その発展には近江商人の働きも大きく、産地から良質の大麻(おおあさ)を仕入れて、織物にしたものを全国に売り歩くことで、越後縮や奈良晒とならび称されるほどの上質な麻織物としてその名を知られることとなりました。

このように伝統を守りながら、新しい技術も取り入れた機械織の地域ブランド「近江の麻」を生産するこの地域は、石井さんの新たな挑戦にぴったりの地でした。

「近江の麻」の生地。石井さんはこれらの素材で布ナプキンを製作されている。
「近江の麻」の生地。石井さんはこれらの素材で布ナプキンを製作されている。

一度は、ものづくりの拠点として長野への移住を考えていたこともあったと言います。しかし、「麻の応援団」地域おこし協力隊の募集を見たことから、今まで縁もゆかりもなかった滋賀に来ることを決意しました。

「織から加工までを行う技術には唯一無二のものがあります。通常、麻は綿に比べ硬い素材という認識がありますが、風合いを柔らかくも硬くもできる技術がここにはあります。」

古きものと新しきものが織りなす先には

現在は、この地域で生産される「近江の麻」を使った布ナプキン開発に励む毎日。コットンにはない麻のサラサラ感もあってか、使用した方からは高評価を得ていると言います。今後は生地作りからも関わっていきたい、と更なる抱負を語ります。

また、「3年後を見据えて拠点作りを行くことが目標」ともおっしゃる石井さん。地域おこし協力隊の任期が最長3年ということもあり、その後の定住に向けた基盤作りが必要と考えておられます。

「近江の麻」を使った石井さんの布ナプキン。2017年3月には新商品の発表も控えている。(写真提供:石井さん)
「近江の麻」を使った石井さんの布ナプキン。2017年3月には新商品の発表も控えている。(写真提供:石井さん)

それは単に事業の拠点ではなく、「近江の麻」を縫製できる人の育成やこの地域の活性化、雇用の促進につなげていく場所。そして、ヨガインストラクターやフットケア施術者としてもご活動されていることから、女性の心と身体のトータルケアを通して“ライフスタイル”を提案できる場所にしたいと言います。

「ライフスタイルとは、どう生きるかということ。生活のなかにものづくりがあるわけで、生活のためにものづくりをしているのではありません。効率化することにだけ目を向けてきたから、今、世界はこんな状況になっているのではないかと思います。そういったことも含めてライフスタイルを発信できる場所にしていければ。」

その他の活動として地域の学校等で授業を行うなどライフスタイルの意識改革にも努める。
その他の活動として地域の学校等で授業を行うなどライフスタイルの意識改革にも努める。

新しいコトを生み出す様々な仕掛けが次々と石井さんの口から語られます。しかし、忘れてはいけないのは「温故知新」の心。古きものを敬うのも、新しいものを創り出すのもどちらも欠けてはならないと最後にこう締めくくります。

「近江上布の伝統技術を継承していきたいと思っています。しかし、伝統を守ることだけに固執してしまうと時代に合わなくなってしまう。現代の感覚に合わせていく努力、そして伝統を広く発信していく努力が必要だと思っています。若い女性の観点から、伝統技術をアレンジして発信する。そのために私がこの地へ呼ばれたと思っています。」

ここ愛荘町で紡がれる古くて新しいヒト、モノ、マチの絆。石井さんの今後のご活躍が楽しみです。

石井さんの日々のご活動については、ブログをご覧ください。

http://ameblo.jp/tsukinowa-yadori/

取材後記

地域おこし協力隊の方にインタビューするのは、今回が初めて。はるばる埼玉から滋賀へ来てくださったことが嬉しいとともに、滋賀には国内、いや海外へも誇れる伝統技術が溢れていることを改めて感じました。