絆ワークスタイル Vol. 8
「ありのまま」を受け入れる、みんなの「よりどころ」

「福祉美容師」という職業があることはご存知でしょうか?「福祉美容師」とは、介護が必要な方や障がいをお持ちの方にカットなどを行う美容師さんのこと。高齢化の影響もあり、今後ますます注目を浴びる職業です。今回の絆ワークスタイルは、福祉美容の分野で栗東市を拠点に活動の輪を広げる、きれいやプラスワンの久保美子さんにお話しを伺いました。

コンセプトは「どんな人にも優しい美容室」。

栗東市のとある住宅街の一角。ここに、今回取材する久保さんの美容室「きれいやプラスワン」があります。お洒落なアンティークドアを開けると、パステルピンクの室内を背景に、久保さんの温かい笑顔が優しく迎え入れてくれました。

ご自宅の一部を改装してこの美容室をオープンされたのは2015年12月。こぢんまりとしていますが、清潔でなんとも心地のよい空気が流れる素敵な空間です。

明るいイメージの店内。完全個室なので、もちろん椅子は一つだけ。
明るいイメージの店内。完全個室なので、もちろん椅子は一つだけ。

オープンから半年余りですが、評判を聞きつけ遠方からお客さんが来られるほどになりました。その秘密は、久保さんが醸し出す温かい雰囲気もさることながら、滋賀の「福祉美容」を牽引するお一人として活躍されているためです。

「福祉美容師」とは「訪問美容師」とも呼ばれ、介護が必要な方や身体が不自由な方のために、施設や自宅に赴いて施術を行う美容師さんのこと。高い技術はもとより、介護に対する知識や経験が要求される職業です。

今回は、「福祉美容師」としてのご活動とともにそれを目指したきっかけ、そして改めて今、訪問だけでなくご自分の美容室を開業された理由についてお話しを伺いました。

「福祉美容師」という言葉に運命を感じた。

久保さんのご出身は愛媛県西予市。地元の高校を卒業された後、美容学校と美容室でのインターンを経て、21歳で大阪の美容室に就職されました。ご結婚を機に26歳で滋賀に移住されましたが、子育てと仕事を両立させるのは難しく、やむなく離職。

「せっかくの資格を活かさないのはもったいないし、いつかはもう一度美容師として働きたいと思っていました。そして、一番下の子どもが手のかからない年齢になったのを機に、パートとして働き始めました」

3人のお子さんのお母さん。家庭に仕事に毎日忙しい日々を過ごしておられます。
3人のお子さんのお母さん。家庭に仕事に毎日忙しい日々を過ごしておられます。

復職当時、久保さんは36歳。三カ所の美容室を渡り歩くなかで、「パートとしてこの先もやっていけるのだろうか」と常に自問自答していたと言います。そして、一つの強い思いに行きつきます。

「70歳になっても美容師として仕事をしていたい。それで、インターネットで色々調べるうちに『福祉美容師』という言葉にたどり着きました。見つけた時、『これだ!』と思いました」

施設で見たお年寄りの喜ぶ姿が原点。

福祉美容で名の知れた団体による育成講習が名古屋であることを聞きつけ、早速受講することにした久保さん。講習の中で、実際に施術が行われる介護施設に赴く機会がありました。それまでは車椅子の操作方法さえも分からない「介護の事は全く素人」であったと言います。福祉美容に関しても、“施設カット”とも呼ばれる男女の差なく効率性を重視した一律のスタイルを提供することだと漠然と思っていました。しかし、そこで見たものは今までのイメージを大きく覆すものでした。

施術風景。高度な技術を要するとともに、介護の知識や経験も必要だと感じた瞬間。(写真提供:久保さん)
施術風景。高度な技術を要するとともに、介護の知識や経験も必要だと感じた瞬間。(写真提供:久保さん)

それは、どんな状態の利用者さんにも「女性は女性らしく、男性は男性らしい」スタイルを提供する手際の良い美容師さんの姿。そして、すっきり綺麗になって喜ぶ利用者さんたちの明るい笑顔。

「同じ『ありがとう』でも深みが違うと感じました。利用者さんが喜んでおられるのを見て、私もやってみたいと強く思いました」

そこで見た技術の高さにも驚いたと言います。介護施設という事もあり、利用者さんの状態も様々。ベッドで寝たままの状態の患者さんをカットしたり毛染めしたりする光景も目にしました。

「身体が不自由な方、健康状態の思わしくない方も多いので、咄嗟の出来事にも対応できる知識、経験、そして能力が必要だと感じました。ここまで出来るようになるには相当勉強しないとだめだな、と思いました」

コツコツ築いた信頼の上に未来の種をまく。

猛勉強の末、同団体から福祉美容師としての認定を受けた後、訪問美容事業をスタート。7年経った現在、4名のスタッフさんと共に忙しい日々を過ごされています。利用者さん一人ひとりの好みや状態を思いやった丁寧な施術が評判となり、口コミで新しいお客さんも増えています。特に施設のケアマネージャーさんたちから信頼を得ていることが強みと言います。

利用者さんの笑顔が何よりの喜び。やりがいを感じる一瞬です。(写真提供:久保さん)
利用者さんの笑顔が何よりの喜び。やりがいを感じる一瞬です。(写真提供:久保さん)

「患者さんの状態が悪くなってくるにつれて、今までのやり方では対応できない、とケアマネージャーさんから相談を受けるケースもあります。それをきっかけに利用していただくようになりました」

久保さんも、昨年から養成講座を開講。講座は、基本編と実践編の二段階のコースに分かれており、最終レポートで一定の評価が得られると同団体から認定書をもらえる仕組みになっています。お試しコースも含め、今後は定期的に開催していく予定です。

養成講座を修了し福祉美容師として認定されると認定ステッカーが授与されます。
養成講座を修了し福祉美容師として認定されると認定ステッカーが授与されます。

「団体組織を通じて、横のネットワークが広がります。連絡を取り合ったり、勉強会を開くことで情報交換を行うことができます。また、個人として病院や施設に直接営業するのは難しいですが、このような認定があると受け入れてもらいやすいと感じます」

様々な気持ちを抱えた人々の“よりどころ”でありたい。

講座の開始とほぼ同時期に美容室「きれいやプラスワン」をオープンされた久保さん。しかし、なぜ訪問美容とは別にご自分の美容室を持ちたいと思われたのでしょうか?

一度座ったら移動する必要がないレイアウト。日によっては他の美容師さんに面貸しされているとのこと。
一度座ったら移動する必要がないレイアウト。日によっては他の美容師さんに面貸しされているとのこと。

「訪問する先で利用者さんから、『少し元気になったので外の美容室に行きたい』『久保さんの美容室はどこにあるの?』と聞かれるようになったのがきっかけです」

状態の良くなった患者さんが、施設や自宅外で久保さんたちにカットしてもらいたくても“来てもらえる場所”がありません。そうした人たちの声に応えるために「自分の“拠点”を構えたい」と思ったことが、美容室の開業へつながったと言います。

完全個室なので、もちろん椅子は一つ。シャンプー台を近くに設置することで、カットもシャンプーも同じ椅子に座ったまま出来るなど、お客さんの身体を思った工夫がいたるところに施されています。

車いすに座りながらカットできるスペースも設置。
車いすに座りながらカットできるスペースも設置。

“拠点”を構えたことで、訪問美容では接する機会のなかった人たちにもサービスを提供できるようになりました。

「パニック障害、発達障害、引きこもり等で通常の美容室では施術が受けにくい人たち。また、癌患者用のウィッグも扱っているのでそういったお客さんも来られます。普通の美容室では人目を気にしてしまいますが、個室であればゆっくり安心してもらえます」

特に、自閉症や多動症を抱える子供たちには、一人ひとりに合わせた無理のない施術を行うことで、最終的に嫌がらず理美容室へ通ってもらえる手法を取り入れています。この手法は「スマイルカット」と呼ばれ、京都のNPO団体が積極的に全国へ広めておられるもの。久保さんご自身が、障がい児の放課後デイサービスに関わりを持っていたこともそれを取り入れたきっかけ、と言います。

お話しを伺う中で、様々な理由で通常の理美容室に通うことを苦痛と感じる方がたくさんおられることに気づかされます。そういった辛さを理解してくれる美容師も少なく、「そんな人たちをみんな受入れようと思った」というのが、このお店の出発点となりました。

女性たちに再チャレンジの機会を。

最後に、これからの目標をお聞きしました。

「メディアで取り上げられたこともあって、滋賀県でも『福祉美容師』という言葉は浸透しつつありますが、もっとこんな職業があることを知ってもらいたいと思います」

ご自身がそうだったように、美容師として子育てと仕事を両立させるのは難しいことから、結婚や出産を機に仕事を離れる女性が非常に多いと言います。

「パートとして美容師を続けたくても、土日も出勤しなくてはならないことや、安定した収入を得ることが難しいことから、ほとんどの人がそのまま復職せずにいます。そんな女性たちにもう一度美容師としてのチャンスを与えることが出来ればと思います」

久保さんと共に働く訪問美容のスタッフさんたち。(写真提供:久保さん)
久保さんと共に働く訪問美容のスタッフさんたち。(写真提供:久保さん)

実際、そういった人たちの間で福祉美容への関心は高まっている、と感じています。ブログを通じて連絡してくる人も多く、その殆どが30代の女性たち。子育ても一段落し働く先を探す人も多い世代です。

「そんな人たちに、『社会復帰のために、是非一緒にやろう!』という思いでいます」

いくつになっても綺麗でありたい、行き場所がない、落ち着く場所がない、そして、もう一度美容師として働きたい ― そんな声を全て受けいれる“母”のような存在。久保さんの周りには、いつもたくさんの人の笑顔が溢れているような気がします。全ての原点は、「相手の気持ちに寄り添うこと」と改めて気づかされる、そんな取材となりました。

取材後記

今回お話しを伺って非常に心に残ったこと。それは、日常、私が当たり前にこなせることでも、「むずかしい」と感じる人たちがたくさんいること。様々な理由で久保さんのような存在を求める人がいることに気づかされます。「福祉」という観点が新しい仕事のかたちを生み出す、これからの時代。その一つの例である「福祉美容師」がもっと広く知られることで、当たり前を当たり前に感じない、人を思いやる心が育まれるのではと思いました。