絆ワークスタイル vol.4
懐かしく新しい「まちづくり」への挑戦 ~ ひととの関わりが今と未来をつなぐ

県境の山間に位置する、米原市大野木。世帯数147、人口415人のこの小さな集落も全国の例にもれず、過疎高齢化が進んでいます。しかし、「地域の問題は地域で解決する小さな新しい公共」を目標に、独自のまちづくりの取り組みがこの小さな集落で大きく発展し、地域に活力を与えています。絆ワークスタイルの第4回目は、その取り組みを主導する「大野木長寿村まちづくり会社」を訪れました。

「老人、こどもの声がしない、まちには将来がない」

東日本と西日本をつなぐ国道21号線。米原方面から車を走らせ、関ヶ原にたどりつく手前で左に折れて進むと、伊吹山の雄大な姿が正面に現れます。それを目指し、のどかな田園を進んでいくと、今回の目的地である大野木の集落へとたどり着きました。梅雨の合間のお天気日和。湿気を含みしっとりとした空気は里山の緑を一層濃いものにしているようです。

公民館の前の路地をすこし入ったところにある、平屋の建物。ここが、大野木長寿村まちづくり会社の拠点でもあり、地域のみんなが集う場所。玄関には、会社名を記した表札とともに「たまり場“よりどころ”」という手製の看板が大きく掲げられています。私たちの到着を待っていてくださったのは、社長の西秋さんと副社長の清水さん。まずは、会社の概要をプロジェクターで映し出し、ご説明いただくことになりました。

活動の内容が非常に詳細にまとめられた冊子を見ながら。
活動の内容が非常に詳細にまとめられた冊子を見ながら。

プレゼン開始早々、目に飛び込んできたのは「老人、こどもの声がしない、まちには将来がない」といった文字。少し悲観的にも思えるこの言葉の真意は何でしょうか? 

清水さんが語り始めます。「年々、子供の声を聞かなくなってきた、また、雨戸は閉まりっぱなしで草も生えっぱなしという家が多くなってきたということに危機感を覚え、将来のためにこの状況をなんとかしていかなければならない、と思ったことが始まりです」。 

大野木人による、大野木人のためのまちづくり。

今からさかのぼること5年前。限界集落の問題が全国的に叫ばれ始めたことをきっかけに、米原市でも「水源の里まいばらみらい元気条例」が制定、過疎化・高齢化問題への対策が本格化されました。それとほぼ同時期に、ここ大野木でも、年々活気がなくなっていく集落の現実を直視し、「30年後の大野木を考えた時、今なにをすべきか?何が出来るか?」という議論が、当時の藤田区長を中心に巻き起こり、2年もの歳月を経て、ようやく形となっていきました。 

「ここ大野木には、昔からそういった自治に根差した風土があるんですよ」と西秋さん。
「ここ大野木には、昔からそういった自治に根差した風土があるんですよ」と西秋さん。

「大野木のシンボル‘大野木豊年太鼓踊’という地域のお祭りを今後も継承していける、そんなまちづくりをしたい」という同区長の願いが、それに賛同する人々の思いにも共鳴し、翌年の平成23年、「大野木長寿村まちづくり会社」が発足しました。

その時、まず重きを置かれたのが「自分たちのことは自分たちで」という自治の精神だったと言います。そこから生まれた「大野木人による、大野木人のために知恵と力を結集する」という理念。それは4年目を迎えた今も貫かれています。  

お互いを支え合うしくみで、「地域経済」を循環させる。

「会社」と言えども、あくまでもそれは屋号であり、正式な会社ではありません。しかし、取り組みを持続的にし、将来に向けて展開させていくためには、お金が回る仕組みをつくることが重要だと考え、あえて“会社”と名付けられました。発足メンバーとして最初に手を挙げたのはお二人を含む地域の住民7名。1人1万円ずつ、出資金を7万円としました。

まずとりかかったのは、みんなが集まれる会社の拠点を作ること。すでに区民の憩いの場として改修されていた民家にキッチンなどの設備を整え、発足から次の年の4月、会社の運営拠点となるたまり場「よりどころ」が新たにオープンする運びとなりました。

現在、二つの事業が柱となっています。一つ目は高齢者夫婦、独居老人、また体が不自由な区民の困りごとに対し、サービスを提供する「高齢者訪問支援事業」。病院までの送迎、家事、庭の手入れなどの細々とした依頼も、30分単位で対応してもらえるので、頼みやすく非常に喜ばれています。こうした活動を通して地域のお年寄りを見守り、その中で新たなサービスの創出へと繋げているとのこと。

送迎サービスでの一コマ。原則は社協の車を使用するが、会社に登録された送迎者自身の車を使用することも(写真提供:清水さん)
送迎サービスでの一コマ。原則は社協の車を使用するが、会社に登録された送迎者自身の車を使用することも(写真提供:清水さん)

もう一つの柱は「高齢者ビジネス事業」と呼ばれ、一つ目の「高齢者訪問支援事業」を行う上でも重要な人材バンクとしての機能を担っています。まだまだ元気な人材に活躍の場をあたえるこの仕組み。登録スタッフも今では55歳から80歳まで、58名に膨れ上がりました。提供したサービスに対しては、所定の報酬が依頼主から会社を通して派遣スタッフに支払われますが、その内の3割を会社が受け取るシステムになっています。無償ではなく有償ボランティアにこだわるのは「きちんとした対価が支払われ、双方が対等の立場になってこそ事業の持続が可能であり、またスタッフにも生き甲斐や生活のハリを与えることが出来るから」と西秋さん。

この「高齢者ビジネス事業」。高齢者の介助や生活のサポートだけに留まりません。毎週土曜のたまり場でのランチ提供に始まり、野菜やお惣菜の販売、それに加え、毎週木曜には宅配弁当の製造と配達のサービスも行っています。地の素材を生かした手作りの料理は、ランチ、宅配弁当ともに一日30食程度が提供されています。

たまり場で提供されるヘルシー志向のランチは1食200円。値段も味も評判で、毎週土曜は地域住民で溢れかえる(写真提供:清水さん)
たまり場で提供されるヘルシー志向のランチは1食200円。値段も味も評判で、毎週土曜は地域住民で溢れかえる(写真提供:清水さん)

それ以外にも、イベントへの出張販売、収穫した野菜やタケノコ、山菜など、“地のもの”を使った特産物の開発や里山の竹を使った加工品の販売。また、高齢化が進み自己管理が難しくなった畑地を活用する「借り貸し農園」なども「高齢者ビジネス事業」として積極的に取り組まれています。

さらなる発展に向けて、創造力と行動力をフルに発揮。

「小さい集落なのに必要なものが揃っているという感じですね」と思わず感想を漏らすと、「様々なバックグランドを持った人が集まっていますからね。会社経営者、銀行マン、行政職員、鉄道会社、左官屋、警察…、少し挙げただけでもこれくらいです」とお二人。こういった多種多様な経験を積んだ人たちが、社会の第一線を退いた今、それぞれの持ち味を生かされています。毎年夏に行われている「サマーレビュー」と呼ばれる統轄ミーティングでは、前年度の反省や改善点、また今後の取り組みについて真剣な議論が交わされます。

発足時の集合写真。関係者、そして今はスタッフとして活躍するメンバーの顔がならぶ(写真提供:清水さん)
発足時の集合写真。関係者、そして今はスタッフとして活躍するメンバーの顔がならぶ(写真提供:清水さん)

そんな熱い議論の中で、たくさんのアイディアが生まれるといいます。現在、進行中のものはあるのでしょうか。「まず、遠く離れて住む人や、理由があって大野木に帰れないような人に向けて、“ふるさと郵便”というサービスを今年から本格的に開始します」と清水さん。“ふるさと郵便”とは、「ふるさとを想う大野木出身の人」を対象に集落の現状を広報などで知らせることにより、出身者と現在の大野木を結ぶもの。この活動を通し、将来何らかのかたちで大野木に関わってもらえるようになれば、との思いもあります。それに加え、子育て支援の取り組みや、”インクル出前”と称して法的な支援からこぼれている人に対し、様々なサポートを行う活動も今後は積極的に進めていくとのこと。
*インクル:英語のインクル―シブ(包括的な)からきており、社会システムを語る場合には年齢、性別、能力、人種、文化的背景を超えた「全員参加型」の社会を構築することを目指すもの。

大野木独自のグループホーム創設に向けて

このように、お二人の口からはユニークなアイディアが次々と語られていきます。しかし、その中でも特に大きな目標とされているのが、大野木独自のグループホームの創設。これは発足当初からの会社の悲願だそうです。このグループホームは、要支援といえども身の回りのことは自分でできる人が対象になります。

「昔は、腰が曲がったお年寄りもみんな畑に出て元気に作業していました。そんなお年寄りになってもらえることを目指しています」と西秋さん。お年寄たちが集い、お互いに助け合うことで楽しみや生きがいを見つけることができるそんなグループホームになればという思いのもと、計画は動き始めています。そして、今年、3名の社員がヘルパーの資格を取得しました。また、設備も今あるものを有効に、空き家を改修し「大野木独自」のグループホームを目指すとのこと。

秘訣は、無理しない、欲張らない、そして楽しむこと。

4年目を迎える大野木長寿村まちづくり会社。地域に何か変化はあったのでしょうか?「お年寄りには非常に喜ばれています。もちろん、中には遠巻きに見ている人もいますが、何気ない会話のきっかけを作ることで段々と心を開いてもらえる方も増えました」と清水さん。ただ、こうした仕組みを継続させていくには「地域の若い世代にも関心をもってもらうことが必要」、と西秋さんは続けます。

ランチ提供と並行して行われている食品の出張販売。買物に気軽に行けない地域住民に喜ばれている。ランチとの相乗効果もあり大賑わい(写真提供:清水さん)
ランチ提供と並行して行われている食品の出張販売。買物に気軽に行けない地域住民に喜ばれている。ランチとの相乗効果もあり大賑わい(写真提供:清水さん)

これだけの人が携わる取り組み。うまく運営する秘訣は何かを聞いてみました。「無理をしない、ということが肝心です。私たちも歳ですし、出来る範囲でやる必要があります。なので、送迎サービスも原則は外が明るい時間のみです」。訪問事業でサービスを提供するのも受けるのも、大野木地区の住民のみ。ランチも住民が優先。あくまでも「大野木人による大野木人のための」この仕組み。手を広げすぎない。欲張りすぎない。このポリシーは発足当初から揺らぐ事はありません。

「あとひとつ非常に重要なことは、やっていて楽しいかどうかということ。これがないと絶対続きません」。ずっと一緒にいて喧嘩することありませんか?という問いにも、「みんな幼馴染同士ですからね。喧嘩もほとんどありません」。屈託なくそう答える西秋さんの表情に、その昔、仲間と元気に野や山を駆け巡る少年の面影を見たような気がしました。

楽しい団らんのひととき。笑顔があふれる(写真提供:清水さん)
楽しい団らんのひととき。笑顔があふれる(写真提供:清水さん)

里山の美しい自然。そのなかで、ひっそりと、しかし、着実に歩み始めた、懐かしく新しい「まちづくり」の歴史。それを支えるのは、ふるさとを愛し、今も昔も共に同じ方向を向いて進む仲間たち。物質的なものだけに価値をおかず、支え支えられ、人と人との強いつながりを大切にすることで得られる幸せのかたち。私たちが忙しい生活のなかで忘れ去った大切なもの。それが、今見直され、この小さな集落から大きな輝きを放ち始めています。未来の問題を解決するヒントは、小さいながらも活気あふれるこの大野木にたくさん散らばっている、そう感じながらインタビューを終えました。

取材後記

未来につながる世代の絆。

帰り支度をしていたところ、小学生くらいの可愛い女の子がたまり場に入ってきました。聞くと、清水さんのお孫さんとのこと。西秋さんや清水さんも、こんな幼いころから一緒に遊んでいたのかなあ、と思わず想像を膨らませてしまいました。そのお孫さんが、今、大野木ですくすくと育つ。なんと素敵な光景でしょうか。清水さんお手製のかきもちのやさしい味が、なにか心の奥底の郷愁をゆさぶる、そんな出会いでした。