松居農園株式会社 代表取締役 松居隆地さん(東近江市)

絆ワークスタイル Vol.1
地域の種をつかったこれからの森林保全のかたち

企業を中心に環境保全の取組みが広がっている昨今、地域資源である山や森などの保護や、緑を増やし災害に強いまちづくりを行うことの重要性が、私たちの生活の中でも認識されてきたように感じます。そうしたなか、地域にもともと自生している種の苗木である「地域性苗木」を植える手法が、その地域の生態系をまもるという理由で注目を集めています。

絆ワークスタイル第1回目は、全国でも早くから「地域性苗木」の普及に取り組み、大手企業の森林保全活動にも深く携わる松居農園さんを訪れました。

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大正時代からの苗木づくりを通じてたどりついたもの。

まだ5月だというのに太陽がギラギラと照り付ける昼下がり、安土山にほど近い田園地帯の一角にある松居農園株式会社の生産拠点木楽ファームへ向かいました。笑顔で出迎えてくださったのは、社長の松居隆地さん。続いて、息子さんの隆史さん、スタッフの平塚さんが作業の手を止めて挨拶に出て来てくださいました。日差しから逃れるため、ひとまず社屋の中でお話しをお伺いする事に。

会社の会議室にて。地域性苗木についてのレクチャーを受ける。
会社の会議室にて。地域性苗木についてのレクチャーを受ける。

早速、会社の成り立ちからお聞きします。「大正時代から苗木の生産・販売業を代々営んでおり、私はその三代目になります」と松居さん。

初代はカイコの餌の桑苗、二代目は山林苗と庭木を取り扱っておられたそうですが、松居さんの代になり新たに公共の緑化事業への展開を行うなかで地域性苗木に出会い、取り組むようになったとのこと。

ふるさとの種をふるさとの森林にかえす、という試み。

ところで、地域性苗木とはどういう意味でしょうか?

「その地域にもともと生息している樹木の種子から育てた苗木のことです。郷土種、自生種の苗木とも言います」とのこと。いうなれば、樹木の種子を苗にして、そしてその苗を生まれ故郷の山や森にかえす、ということでしょうか。

社屋一階の作業場にて。地域種のアジサイの苗木が植え替えられていた。
社屋一階の作業場にて。地域種のアジサイ苗木が植え替えられていた。

しかし、ここで疑問がわきます。なぜ、もともとそこに自生していた種類の樹木でなければいけないのか?極端な話、種類が同じであれば外国からのものでも問題ないのでは?そんな初歩的とも思える質問に、ゆっくりでいて熱意のこもった口調で答えてくださいました。

「杉ひとつとっても色んな種類に分かれます。日本海側、太平洋側、そして滋賀県周辺。それらを比べると遺伝子レベルで違いがあります。遠方で育つ苗木を植えることで遺伝子のかく乱がおこり、その地域特有の生物多様性を破壊する可能性があります。なので、本来はその土地に育つ木々を生やしていくのがベストなのです。」それに加え、元の山の風土や環境がそうした苗の成長に適したものであるということでした。

きっかけは竹生島の再生プロジェクトで出会った一言。

地域性苗木に取り組むきっかけは何だったのでしょうか。

その答えは、自然環境を再生するプロジェクトを通じて得た出会いからでした。

「竹生島のカワウ被害がありましたね。カワウという水鳥が異常繁殖したのですが、営巣のため枝が折られたり大量のフンが堆積したことで、木が枯れてしまい土砂崩れの危険性が高まりました。県が行った対策事業に携わったのですが、その時ある森林保護の専門家が、植樹にはその地域でもともと自生している種のものを使うべき、と仰ったんです。」

その言葉をきっかけに松居さんの地域性苗木への取組みが始まりました。その後の地道な活動や高い技術が認められ、近年ではサントリーが全国に保有する18か所のサントリー天然水の森のうち、関西地区の森への苗木生産を委託されるまでになりました。この天然水の森プロジェクトはサントリーが日本の水源を守るCSR*活動の一環として今では広く知られており、最近ではCMでもお馴染みです。
*Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任)

種から苗木に育てあげることのむずかしさ。

さて、苗木はどうやって生まれるのでしょうか。実際の工程を見せていただけるということで、まず社屋の二階に案内していただきました。

ここでは苗木のもととなる種子の乾燥が行れています。訪れたときには、種子の採集を行われた後のまつぼっくりが床に広げられていました。それを横目に苗木生産の流れをお聞きします。
 

種子採取の終わった松ぼっくり。いつ何を採取したかがわかるよう、ラベルがつけられている。。
種子採取の終わった松ぼっくり。いつ何を採取したかがわかるよう、ラベルがつけられている。
 

「まず初めに種子の採取を行います。依頼を受けて山に入りますが、まずは採取する樹木を特定することから始まります。」採取、とだけ聞くとそれほど大変そうに感じませんが、実はここがいきなりの難関とのこと。松居さんは続けます。

「樹木の種類を特定することを“同定”と呼びますが、これは樹木を知り尽くした専門家でも一筋縄ではいきません。日本古来には約2900種類の植物があって、これはヨーロッパの数百種類を優に超える数字です。なので、どの種類なのか見ただけで判断するのは難しい場合が多いです。」続けて、「同定できたとしても採取にベストな季節や時期を知らないと良い種子は取れません」と隆史さんが付け加えてくれました。

ここまで聞いているだけでも既に気が遠くなりそうですが、工程はもちろんこれで終わりません。次に、種子の精選(選別)作業が続きます。松居さん曰く、千個蒔いても1個しか発芽しない難しいタイプの種もあるとのこと。また発芽後も土壌をうまく管理し、苗木の成長に適切な環境を整えていくことが非常に重要だそうです。

発芽したばかりの松の芽を手に。
発芽したばかりの松の芽を手に。

国内でも屈指の技術とノウハウ。

次に敷地内のビニールハウスへと場所を移します。こちらでは発芽して成長していく苗木が見られます。最初に訪れたハウスでは、ずらりと並ぶコンテナーにたくさんの芽が顔をだしていました。中にはまさに今、土から顔を出したかのような赤ちゃん芽も。その姿が可愛く、思わずピントを合わせずにいられません。コンテナーごと、種の種類や種を蒔いた日などにより番号で管理されています。

様々な種類の樹木の芽。白いラベルに番号が付けられ管理されている。
様々な種類の樹木の芽。白いラベルに番号が付けられ管理されている。

ビニールハウスは全部で4つあり、発芽したばかりの苗専用のものから成長の度合いに応じて順番に次へと移されていきます。

出荷できる大きさの苗木に育つまでになんと2年から3年の月日が必要であるそうで、毎回が一大プロジェクト。この工程を全て順調にこなせるのは国内でも5社あるかないかとのことですが、松居農園さんはもちろんそのうちの一つです。

これからの森林保全活動が目指すべき方向とは。

ずらりと並べられ出荷を待つ苗木をバックに、地域性苗木の今後の可能性、そして課題についてお聞きしました。

充分に育って、出荷をまつ苗木。種類ごとに整然と一列に並べられている。
充分に育って、出荷をまつ苗木。種類ごとに整然と一列に並べられている。

「地域性苗木を必要な時に使えるよう、どう管理していくのかというのが課題です。例えば、予期せぬ災害が起きた時はどうするのか?地域性苗木がストックされていないとタイミング良くその土地を植生し回復することはできません。結果、入手が簡単で植えやすい外来種の苗木を使うことになります。」

欧州では3年毎に行政主導で苗木確保・管理の計画が立てられているとのこと。「日本も今後はそのようになっていくべき」、と最後にそう締めくくられました。

日本は水にも緑にも恵まれた国ですが、同時に天災が多い国でもあります。台風、豪雨、噴火、そして地震と、私たちをとりまく自然は一瞬で崩れ去る可能性を秘めています。誰にでも起こり得る現実。ただ、そうなったとき、山や森を今までのようなやり方で回復すべきなのか?他からもってきた苗木を植えるだけで良いのか?森林保全の「これから」を考え、主導していくのは誰なのか?

森林保全の取組みも地域で循環させる - ここにも新しいまちづくりのかたちがある。そう感じながら、インタビューを終えました。

取材後記

琵琶湖の水はどこから来たのか。

「琵琶湖の水も、もともと周りの山林からやってきているわけですから…」

ビニールハウスへ向かう途中、松居さんがふと仰った言葉。恥ずかしながら、琵琶湖の水がどこからやってきたかなんて今まであまり意識したことがなかった私。琵琶湖の水の豊かさは強く瑞々しい周りの山や森があってこそ。

訪れた時はちょうど地域種のアジサイの苗木の鉢への移し替えもされていましたが、挿し木方式で増やされた種に比べ種子から育てた地域種のアジサイは病気などにも強いとのこと。こういった私たちに馴染みのある植物や樹木の苗木も生産販売されているとのことで、地域性苗木をぐっと身近に感じました。